Sunday, December 2, 2012

1リットルの涙 - 特別編~追憶~


亜也(沢尻エリカ)がこの世から姿を消して半年後。
姉・亜也の姿をそばで見続けていた亜湖(成海璃子)は
看護師になっていた。
看護師学校の卒業生として、卒業式に立ち会う亜湖。
キャンドルライトを穏やかに見つめている。

「常南大学医学部附属病院の、池内亜湖です。
 数年前、私もみなさんと同じ様に、
 ここで初めてナースキャップを被り、
 キャンドルを手に立っていました。
 私は、半年前に姉を亡くしました。
 看護師になりたいと思ったのは、
 長い闘病生活を送る姉を、
 側で支えたいと思ったからです。
 姉は、よく言っていました。
 障害も私の一部なんだ。
 苦しい時は、自分が成長しているときなんだと。
 今でも、毎日いろんな壁にぶつかるたびに、
 姉が残した言葉を思い出します。
 もしみなさんが、どうしても支えていきたいと思う
 大切な誰かがいるなら、たった一人でもいい。
 その気持ちを大切にして下さい。
 ずっと変わらずに、その思いを持ち続けて下さい。」
亜湖が後輩たちにそう言葉を贈る。

4月。
相変わらず賑やかな池内家。
次女・亜湖はその日から新しい課に異動。
長男・弘樹は社会人となり独立。
三女・理加は高校生となり、土曜に控えた合唱コンクールを
家族に念を押す。亜也と同じく、指揮者を務めるのだ。
相変わらずの、亜湖や夫・瑞生のやり取りに微笑みながら、
妻・潮香は、亜湖が描いた家族の絵を見つめる。
『いつかの朝』。
店の前で撮った記念写真を描いたものだった。

出かけ際、亜湖はあることを思い出し、父に駆け寄る。
「湿布薬。
 この間膝が痛いって言ってたでしょ!」
「おぉ・・サンキュ!」
「年寄りなんだからもう無理しないでよね。」
「いやぁ、もうガタきちゃってな。
 ・・年寄り!?お前誰に向かって!」
一言多いと文句を言いながらも嬉しそうな瑞生。
「いい季節になったわね。」潮香が微笑む。
「ああ。」


常南大学医学部附属病院。
「小児科から配属されてきました池内です。
 よろしくお願いします。」
亜湖が神経内科チームに挨拶する。

そこで亜湖は、長嶋みずき(岡本杏理)という車椅子の少女と
出会う。
以前は神経内科に通院していたが、学校で怪我をして
入院してきたという。
麻生遥斗(錦戸亮)が担当医らしい。
一見、元気いっぱいに見えるみずきだが、
実はリハビリをサボっていた。

そんなみずきは、ある入院患者から声をかけられる。
「前にここにいた患者さんの、詩が載っててね。
 池内亜也さんっていって、麻生先生の友達だったんだ。
 すごくいい文章を書くんだよ!」
患者はそう言い、みずきに『かけはし』を渡した。

「麻生先生!」亜湖が声をかける。
「おぅ!」
「今日からこちらの病棟になりました。
 よろしくお願いいたします。」
「頑張れよ。」
「はい!」
「・・・親父さんたち、元気?」
「相変わらずです。
 たまに先生の話、してますよ。
 医者辞めたらいつでもうちで使ってやるって。」
「・・・」寂しそうに微笑む遥斗。
「あ、そうだ。これ。
 妹に頼まれたんです。
 私土曜は出勤なんで。」
亜湖はそう言い、合唱コンクールのちらしを渡す。
「なつかしいでしょ?
 先生の時もあったんですよね、合唱コンクール。」
「ああ・・・」

そこへ、リハビリの担当医がやって来た。
「長嶋みずきちゃんですけれど、もっと真面目にリハビリ
 するよう、先生から言ってもらえませんか?」
「一度、言ったんですけど・・」
「今日もサボって。」
「でも、僕が24時間見張っている訳にもいきませんから。」
「そんなこと言ってるんじゃありません。
 ご自分が受け持っていらっしゃる患者さんならば、
 もっと細かいところまでケアすべきでしょう。
 違いますか?」
「・・・そうですね。」
遥斗はそう言い、その場から立ち去る。
亜湖はそんな遥斗を見つめ・・・。

家族以外でもっとも亜也に近い存在だった遥斗は、
神経内科の医師として、かつて亜也が治療していた
病院に勤務していたのだが、亜也という存在を失った
喪失感を埋められずにいた。
自分自身を見失っている遥斗は、担当する患者に対しても
距離を置いてしまっていた。

患者から渡された『かけはし』のページを開くみずほ。

『生きてゆこうよ
 青空を思い切り吸い込んでみたい
 さわやかな風が、
 そっと君の頬をなでるだろう
 生きてゆこう
 醜いなんて思わずに
 どこかで役立つことを
 ひたすら信じて』

『胸に手をあててみる
 ドキドキ、ドキドキ
 音がする
 心臓がうごいてる
 うれしい
 わたしは、生きている』

そこへ遥斗がやって来た。
「リハビリ、今日もサボったんだって?」
「だって痛いんだもん。
 先生が付いてきてくれたら、ちょっとぐらいやっても
 いいけど。」
「頭の怪我は順調に回復している。
 神経内科の病気は、歩行時のバランスを保つためにも、
 リハビリが大切なんだよ。
 サボったら、その分後退する。」
「治ったら・・何かいいことあるのかな。」
「友達に会えるだろ。」
「友達なんかいないもん。」
「とにかく、ちゃんとやるように。」
「質問があるんですけど。」
「・・何?」
「池内亜也っていう人、知ってますか?」
「・・・」
「知り合いなんでしょう?」
「何で?」
「リハビリの患者さんに貰ったんだ。
 もしかして、先生の彼女だったりして。
 ねえ、ここの患者さんだったの?」
「・・・明日はサボらないように。いいね。」
遥斗はそう言い病室を出ていく。
「照れなくたっていいじゃん・・・」

遥斗は、亜湖から貰った合唱コンクールの案内を見つめながら、
当時のことを振り返る。

池内家。
亜湖は潮香に、遥斗と会ったことを話す。
「元気だった?」
「なんか・・・印象が変わってた。」
「変わってたってどんな風に?」
「なんていうか・・
 周りの先生やナースとも、あまりコミニュケーション
 取ってないみたいだし、
 リハビリの先生と話しているのを聞いて、
 ちょっとがっかりしちゃった。」

医局。
遥斗が勉強をしていると、水野(藤木直人)がやって来た。
「まだいたのか?」
「お帰りなさい。学会どうでした?」
「うん。いくつか新説が出て、なかなか興味深かったよ。」
水野がみずきのカルテを手に取る。
「この脊髄性筋萎縮症の患者、新薬試しているんだよな。」
「はい。」
「その後調子の方はどうだ?」
「・・確認しておきます。
 リハビリはよくサボってるみたいですけど。」
「やけにあっさりしているな。」
「患者自身が自分で治ろうとしない限り、
 医者が何を言っても、上手くいかないんじゃないでしょうか。」
「医者が何を言っても上手くいかない、か。
 研究の第一歩はな、患者の声を聞くことだ。
 それが結果的に研究につながる。
 医者が患者から貰うものは、君が考えているより
 ずっと多いと思うぞ。」
「・・・」

池内家。
「麻生先生、前みたいに笑わなくなって、
 医局に篭っていることが多くなったって、
 先輩たちも言ってた。」
「お医者さんだから麻生君もいろいろ大変なんじゃない?」
「そういうことじゃないよ。
 気持ちの問題。
 なんだか投げやりな感じがした。」
「・・・合唱コンクール、麻生君こられそうかな。」
「わかんない。どうして?」
「久し振りに会いたいな、と思って。」
「忙しいから無理だよ、きっと。」
潮香も瑞生も、遥斗のことを心配する。

病院。
瑞生が豆腐を抱えて看護師たちに挨拶に行く。
困惑する亜湖。
「いいお父さんね!」先輩ナースが微笑む。

入院患者が親しげに瑞生に声をかける。
その様子をみずきが見ていた。

「ちょっと近くまで来たもんで、ご挨拶をと思って。」
瑞生が水野に挨拶に行く。
「その後、お変わりありませんか?」
「時々、亜也の話をみんなでしています。
 俺たちはいいんですよ、家族だから。
 一つ屋根の下で、気持ちを分かち合えるから。
 でも・・・俺が心配なのは・・あいつです。」

病院の敷地で一人ベンチに座る遥斗に、潮香が声をかける。
「こんにちは、麻生君。」
「ご無沙汰しています。」
「主人が、麻生君にこれ持っていけってうるさくて。」
潮香が豆腐を渡す。
「ありがとうございます。」
「隣り、いい?」
「はい。」
「実はね、麻生君に、もう一つ貰って欲しいものがあるの。」
「え・・」
「これ、亜湖が描いたんだけどね、
 昔賞を貰って、東高に飾られたことがあるのよ。」
「・・・いいんですか?」
「迷惑じゃなかったら。」
絵の中で微笑む亜也を見つめる遥斗。
「いつかの朝ってタイトルがついているわ。
 この絵を見に、亜也と東高に行った事があるの。」

「どう亜也姉。才能あるかな。」亜湖が聞く。
「うん。」

「寒いからもう帰ろうっていうのに、
 いつまでも動かないで、
 ずっとこの絵を見ていたわ。
 その帰り道で、亜也に言われたの。
 この中に、ちゃんと前を向いて生きた私がいるって。
 そのこと、忘れないでって。」
「・・・すみません。
 せっかく医者になったのに・・・。
 池内の為に・・何かしたかったのに・・・。
 俺・・何も出来なくて・・。」
「麻生君・・」
「間に合わなくて・・・」
「何で謝るの?
 私達、麻生君がいてくれて、本当に感謝しているのよ。
 亜也だって、同じ気持ちだと思う。
 麻生君には、未来があるでしょう?
 これから先も、沢山の人たちと出会って、
 いろんなことを感じて、ずーっと生きていく。
 そのことを、見失わないでいて欲しいの。」
「・・・」
「ごめんなさいね、偉そうなことを言って。」
「いえ・・」

「おう!久し振りだな、ちゃんと飯食ってるのか?」
瑞生が明るく声をかける。
「はい。」
「そうか。
 おぅ、そろそろ帰ろう。配達に間に合わなくなっちまう。」「そうね。
 お豆腐、食べてちょうだいね。」
「ありがとうございました。」
「たまには遊びに来いよ。店番に使ってやるから。」
二人が笑顔を残し、帰っていく。
「今でも・・・池内と・・・話がしたくなります。 
 時々・・・ものすごく・・・
 あいつの声が聴きたくなります。」
遥斗の言葉に涙ぐむ瑞生。
「ありがとう、麻生君。」
潮香がそう言うと、遥斗は目に涙を浮かべて頷いた。

ナースステーションにみずきがやって来た。
「ね、桜井さん、池内亜也っていう人、知ってる?」
「え?」
「麻生先生の知り合いなんでしょう?」
「麻生先生は、何て?」
「ごまかされた。」
「そう。
 ごめんなさいね、私もあまりよく知らないのよ。」
「そっか。」
そんな二人のやり取りを亜湖が見ていた。

みずきが病院の廊下で、見舞いに来ていた同世代の女の子達と
すれ違う。寂しそうな表情を浮かべるみずき。

病院のトイレ。
みずきが薬を洗面台に捨てている。
「長嶋みずきちゃんだよね。」
亜湖の声にはっとするみずき。
「何やってるの!
 薬・・・飲んでないんだ。
 どうしてこんなことするの!?
 リハビリもやってないんでしょ。
 病気治す気ないの!?」
亜湖の名札を見つめるみずき。
「昨日から池内ばっかり。」
「・・・池内亜也は、私のお姉さんだよ。」
そこへ、みずきの母がやって来た。
みずきは病室に戻ってしまう。

亜湖は遥斗に、みずきが薬を捨てていたことを報告する。
「何でそんなことを・・」
「みずきちゃん、リハビリもサボっているようだし、
 何か理由があるんじゃないでしょうか。」
「リハビリの滝川先生には相談した?」
「いえ・・あの、今お母さんも病室にいらしてますから、
 先生から直接、お話していただけませんか?」
「そうだな。」
「みずきちゃん、何か様子がおかしいんです。お願いします!」
「これが終わったら行く。」
「何で・・・そんなになっちゃったんですか?」
遥斗がパソコンから顔を上げる。
「麻生さん、前はそんな投げやりじゃなかった。
 亜也姉がいなくなったから?
 それで人生変わっちゃったの?」
「・・・」
「情けないよ。
 今の麻生さんは、目の前の患者さんから逃げている 
 だけじゃないですか!
 ・・・失礼します。」
亜湖が部屋を出ていく。

みずきの病室。
母が持ってきたケーキに手を付けようとしないみずき。
「早く退院して、今度はちゃんとお店で食べようね。」
「私・・・ずっとここにいる。」
「え?」
「治りたくないの。」
「どうしちゃったの、みずき。
 早く治して学校に行こう。
 お友達だって待ってるでしょう。」
「待ってるわけないじゃん。
 みんなこのまま戻ってくるなって思ってるよ。」
「何言ってるの。そんなことないわよ。
 クラスの子たちだってきっとね、」
「ママなんて何も知らないくせに!!」

みずきの病室の外で、亜湖が心配そうに様子を見守る。
そこへ遥斗もやって来た。

「学校に戻るくらいなら、死んだ方がいい!」
「え・・」
「頭怪我したのは、フラついて転んだんじゃない。
 わざと自分から飛び降りたの。
 こんな病気にかかって、変な歩き方しか出来ないから
 しょうがないよね。」
「みずき・・・あなた、学校でいじめられているの?」
「何で私だけこんな体なのよ!?
 不公平だよ!
 何で私だけこんな思いしなきゃなんないの!?」
母を責めるみずき。遥斗が止めに入る。
「もうみんな嫌い!!
 ママも嫌い!!先生も嫌い!!」
みずきはそう叫び、布団にもぐりこむ。

医局。
「何も気付きませんでした。
 頭の怪我も、リハビリを嫌がる理由も。
 医師として失格です。」遥斗が水野に言う。
池山家の家族の絵に気付く水野。
「自分が、もし進行性の病気にかかったらって、
 考えてみたことはあるか?
 進行性の病気を持つ患者にとって、同じ一年でも
 その重みが違う。
 毎日、明日は悪化しているかもしれない恐怖を抱えて
 過ごしている。
 神経内科はそういう病気を扱うところだ。
 それは、君が一番よくわかっているはずだよ。」
「・・・」
水野が出ていったあと、遥斗は潮香の言葉を思い浮かべる。

「亜也に言われたの。
 この中に、ちゃんと前を向いて生きた私がいるって。
 そのことを、忘れないでって。」

遥斗は亜也の笑顔を見つめ・・・。

遥斗がみずきの病室を訪ねていく。
「外ピーカンだぞ。」
「・・・」
「いい空気吸いに行こうか。」
「・・・」
飾ってある写真を手に撮る遥斗。みすずとコーギー犬が映っている。
「知ってるか?
 コーギーは、もともとイギリスで牛を追いかけている
 犬なんだよ。
 だから、尻尾は牛に踏まれないように、生まれてすぐに
 切っちゃう。」
「え!?」
「足が短いのは、牛の下を、潜り抜けやすいように、
 何度も改良されて、で、今のこのスタイルになったってわけ。
 コーギーは、誰か追いかける相手が欲しいんだよ。
 だから、こいつの為にも、一日も早く退院できるように
 ならないとな。」
「・・・」

第47回 合唱コンクール。
理加が舞台に姿を現すと、つい大声で声援を送ってしまう瑞生。
「うちに帰ったら怒られるわよ。」潮香が笑う。
理加の指揮を見つめながら、音楽に聞き入る二人。

病院の屋上。遥斗がみずきの車椅子を押す。
「気持ちいだろ?」
「・・・」
「いつの間にか春になってるんだな。」
「・・・」
「昔は、俺も思ってたよ。
 無理して生きようとする必要はないって。
 だけど、自分が大切に思う相手には、
 どんなことをしてでも、生きていてほしいって、
 いつの間にか、そう思うようになった。
 池内の話だけど、聞きたかったんだよな。」
「別に。」
「・・・昔話なんて、ガラじゃないけど、
 池内亜也は、高校のときの、同級生なんだ。
 最初に会った時、歩道橋で、思いっきり自転車倒されてさ。
 あいつがいなかったら、俺、東高行ってなかったかもな。
 神様は不公平だって、昔、池内も同じこと言ってたよ。」
「え?」
「あいつの日記に書いてあった。」
「もう退院したんですか?その人。」
「・・・誰かさんと違って、リハビリ頑張ってたからな。」
「どうせ!」

亜湖が二人の様子を見つめる。

「どんな人だったんですか?池内さんって。」
「・・・すごいやつだったよ。」

遥斗は、生きることに後ろ向きな14歳の患者・みずきに対して、初めて“池内亜也”という存在を語ろうと決心する。

「病気は・・・病気は・・・
 どうして私を選んだの?」

ここから、回想シーン。

脊髄小脳変性症。
初めて聞く病名に戸惑う潮香。
「お嬢さんの病気は、何らかの理由で小脳が萎縮し、
 そこに存在する、様々な神経細胞が、
 次第に失われていくというものです。
 つまり、壊れていくと理解して下さい。」
水野が病気の説明をする。
「壊れる!?」
「症状はゆっくりですが、確実に進行します。
 体を動かしたいのに動かない。
 喋りたいのに喋れない。
 そういう自分を、しっかり認識できてしまうんです。
 非常に残酷な病気です。」
「治るんですよね・・」
「私の知る限り、完治した例は一度もありません。」
「・・・」

潮香から病気のことを知らされ、どこの藪医者に見せたんだと
激怒する瑞生。
「色んな先生に会ったの。
 インターネットでも調べてみたの。
 いろんな本も読んだの。
 この病気の、第一人者の先生にも会ってきたの!
 でもね・・・
 でもね・・・
 今の医学では治せない・・って・・・。」
「・・・」

亜也に病気のことを聞かれ、動揺を隠し、
「思春期特有のもの。」と笑顔でごまかす潮香。

高校。バスケの試合中、亜也は一瞬、体が動かなくなり、
自分の身に何かが起きていると実感する。

学校の生物室。
亜也はインターネットで検索し、自分の病気を知るのだった。
そこへ、魚の様子を見に来た遥斗に、
「変なの。
 麻生君、人が死ぬのはどうでもいいのに、
 魚は気になるんだね。
 変なの。」とつぶやくように言う。
遥斗は亜也の涙に気付き・・・。

合唱コンクール。
何とかクラスをまとめ、指揮棒を振る亜也。
そんな亜也を見つめながら、
「俺はただ・・たださ、
 なるべく笑って、冗談カマしてバカやって、
 あいつの一番いい時期が、もっと、楽しくなるようにって、
 そう思って・・・
 だけどそれが出来ないんだ・・
 だって、あいつに隠し事している間、
 あいつの目、まともに見れないんだ・・」
そう言い涙する瑞生。

病院。
水野が亜也に、病気について告知しようとすると、
「脊髄小脳変性症ですか?」
亜也が知っていたことに驚く水野、そして両親。
「先生、私の病気って、脊髄小脳変性症なんですか?」
「・・・そうだよ。」
「私・・・将来、・・・将来ユウカちゃんのお父さんみたいに
 なりますか?」
「・・・」
「教えて下さい、先生。」
「・・・ずーっと先のことだけどね。
 なると思う。」
亜也が泣き出す。
「亜也。今すぐどうこうってことじゃなくって。」と潮香。
「一つ聞いてもいいですか。」
「いいよ。」
「・・・病気は・・・
 病気は・・・どうして私を選んだの?」
亜也の言葉に、潮香も、瑞生も、そして水野も、
答えることが出来なかった。

『昨日と同じ景色を見て
 昨日と同じ道を歩いているのに
 昨日までの私は、もうどこにもいない』

憧れの先輩がバスケの靴を買いに行くのに誘われた亜也。
先輩が、お揃いの靴紐を買ってくれた。

亜也がリハビリセンターでリハビリする姿を見た先輩は・・・。

デートの日。
雨の中、やって来たのは先輩ではなく、遥斗だった。
「何雨ん中突っ立ってんだよ。
 風邪引いて入院になっても知らないからな。」
「・・・」
「あいつ、来ないよ。」
「え?」
「急な用事が入ったみたいで、さっき病院に電話がきてた。」
遥斗が優しい嘘をつく。
「麻生君、それ言いに来てくれたの?」
「・・・」そっぽを向く遥斗。
「私さ、本当は先輩は来ないかもって、
 どこかで思ってた。」
「え?」
「来ない方がいいって。」
「何言ってるんだよ。」
「私ね、歩けなくなっちゃうんだって。
 言葉も、だんだん発音がはっきりしなくなって、
 何言ってるかわかんなくなっちゃうんだって。
 最後には寝たきりになって、
 しゃべることも食べることも、
 出来なくなっちゃうんだって。」
涙をこぼしながら亜也が言う。
「麻生君前に言ったよね。
 人間だけが欲張って余分に生きようとするって。
 やっぱり欲張りかな。
 無理に生きようとするのは、
 間違ってるかな。」
「・・・」
「過去に戻りたい。
 タイムマシン作って過去に戻りたいよ!」
亜也が泣き崩れる。
遥斗は自分がずぶ濡れになるのも構わず、ただ黙って、
亜也に傘を差し出していた。

潮香が持ち帰った身体障害者手帳の申請書に、
「娘に、お前は障害者なんだぞってレッテル貼りたいのか!?」
瑞生が激怒する。
「どうして手帳を持つことが障害のレッテル貼ることになるのよ。
 私は、亜也に正々堂々胸を張って生きてほしいの!」
「お前それでも母親か!?
 あいつがどんなに苦しんでいるのかわかってるのか!?」
「母親だからこそ言ってるの!」

「いい加減にしてよ!!」亜湖が二人を止める。
「亜也ねえのこと何も話してくれないで、
 挙句こうやってケンカ!?
 私達に知られたくないことがあるなら、
 徹底的に隠せばいいじゃない!
 二人とも言ってることとやってることがおかしいよ!」
その時、亜也が階段から滑り落ちる。
「亜也!」「亜也姉!!」

「ごめんね・・・。
 私のせいでこんなことになっちゃって。 
 本当にごめん。 
 みんなに嫌な思いさせちゃってごめんね。
 ごめんね・・・。」
潮香が亜也を抱きしめる。
「亜也、もうやめよう、謝るの。
 病気になったの、亜也のせいじゃないでしょう?
 誰だって病気になったら、家族のみんなが助けるの
 当たり前じゃない。
 もっと、堂々としてていいんじゃない?
 世の中には、いろんな人がいるわ。
 亜也みたいに、足が不自由な人、目が不自由な人、
 例えば、弘樹みたいに、スポーツが得意な人もいれば、
 亜湖みたいに、絵を描くのが得意な人。
 お父さんみたいに、お豆腐を作っている人もいる。
 社会って、そんな風にいろんな人がいて、
 成り立っているものでしょう?
 亜湖、弘樹、理加、みんなちゃんと座って。
 亜也、いいよね。
 亜也が、社会の一員であるように、
 亜湖たちも、大事な家族の一員なんだし。
 亜也の病気はね、脊髄小脳変性症っていうの。
 運動神経が、上手く働かなくなる病気でね、
 ゆっくりしか歩けないし、まっすぐ歩けなかったり、
 重いもの持てなかったり、
 前のようにみんなと一緒に、お店やうちのことを
 手伝うのも難しいと思う。
 何をするのも時間がかかるけど、でも、
 亜也だけがはみ出したり、取り残されたりしないように、
 力貸してほしいの。」
「・・わかったよ。
 俺、亜也姉の味方だから。」
「理加もー!」
「ありがとう。」
「・・・治るんだよね。」亜湖が聞く。
「・・・」
「治るんでしょう?」
「・・治らないんだって。
 今の医学じゃ、治療法はないって。」と亜也。
「・・・急に・・・急にそんなこと言われても・・・
 どうしたらいいのかわかんない・・。」
「・・簡単なことだよ。
 困っている人がいたら、お前、手を差し伸べるだろ?
 友達が、泣いていたら、どうしたのって、声かけるだろ?
 そういうことだよ。
 お前の心の中の、優しい気持ちを、素直に、行動にすれば
 いいんだよ。
 な?」と瑞生。
「優しい気持ちなんて・・・そんなの私には・・」
「お前優しいじゃねーかよ!」瑞生が亜湖を抱きしめる。
「ウザイよ・・」泣きながら亜湖が言う。
「私は、私。」と亜也。
「そうよ。何があっても、亜也は亜也。
 大事な家族なんだから。」と潮香。
「私、ごめんねじゃなくって、
 ありがとうって言葉を大切にする。」
「よし!それでこそ、俺の子だ!」
涙を浮かべて微笑みあう家族。

体育館。
亜也が一人でシュートの練習をしているのを、遥斗が見つめている。
「下手くそ。」
「麻生君!」
「何やってんだよ。試験前で部活休みだろ?」
「麻生君こそ!」
「カメの餌やり。」
「ね!片付けるの手伝って。」
「ったく。」

亜也の歩くペースに合わせて歩く遥斗。
「もう一つお願いがあるんだけど。」と亜也。
「まだあんのかよ。」
「見張っててくれないかな?私が泣かないように。」
「え?」

公衆電話。
「あの、池内です。
 あの・・今まで、いろいろありがとうございました。
 私・・・東高に受かった時、本当に嬉しかったんです。
 先輩におめでとうって言ってもらえて。
 又バスケやるだろうって言ってもらえて。
 お揃いのバッシュの紐も嬉しかったし。
 でも・・でも私・・・
 部活、辞めることになると思うから。
 だから・・・
 もう先輩とは・・・。」
「・・・わかった。
 早く元気になれよ。」
「・・・はい!
 ・・・さよなら。」
亜也が受話器を置く。
「お前、冷たいな。
 一方的に。
 しかも、電話でさよならかよ。
 今頃河本先輩泣いてんじゃないの?」
「そうかもね!」
「嘘でも泣いてやれよ。」
「やだ。」
「ほんと冷たい。」
「だって・・・
 麻生君に罰金払うの嫌だもん!」
「せこい!」
見つめあい、笑い合う二人。

亜也の歩くスピードの合わせて、自転車を押して歩く遥斗。
亜也は、青空を見上げて微笑んだ。

『なくなったものを追い求めるよりも
 自分に残されたものを高めよ
 明るい光がさしこんできたかと思うと、
 大雨になったり、台風になったり、また晴れたり
 不安定な私の心
 けれど、今を懸命に生きるしかないのだ』

弘樹のサッカーの練習に付き合う亜也と潮香。
「いい、ヒロ。
 闇雲にシュートを撃つんじゃなくって、
 ちゃんとこの枠の中を狙うの。
 頭の中でイメージして、一本一本丁寧に、大切に
 シュートするの。」
亜也のアドバイスを受け、練習を続ける弘樹。

弘樹が亜湖とグラウンドにいると、チームメイトが駆け寄る。
「池内の姉ちゃんですよね!」
「僕達にもサッカー教えて下さい!」
「え?」戸惑う亜湖。
「この姉ちゃんじゃねーよ。」
「それにもう一人の姉ちゃん、サッカー教えるなんて
 無理だって!
 ちゃんと歩けねーんだぜ!
 そうだよな、池内!
 だから紹介なんて出来ねーんだよな。
 お前さ、姉ちゃんにサッカー教えてもらうより、
 歩き方、教えてやった方がいいんじゃないのか!?」
亜湖がその少年を突き飛ばす。
「あんたなんか、スポーツする資格がない!
 何で黙ってんの!?
 亜也姉のことあんなふうに言われて、
 腹立たないの!?」
「そりゃ・・」
「何で言い返さないの!」
「だってしょうがないじゃん!」
「しょうがない?何がしょうがないのよ!
 あんた亜也姉のこと、かっこ悪いとか、
 恥ずかしいとか思ってんの!?」
「・・・」
亜湖は弘樹の手を掴んで歩き出す。

池内家。
「あいつも最低だけど、あんたはもっと最低だよ!
 何が恥ずかしいの!?
 亜也姉の何が恥ずかしいの!?
 亜也姉はすごいじゃん!
 亜也姉、毎日頑張ってリハビリして、
 あんなに明るくて。
 もし・・私が亜也姉みたいな病気になったら、
 あんなふうに外に出る勇気はないよ。
 じろじろ見られたり、変なこと言われたら、
 あんな風に笑ってられないよ。
 私、初めて、亜也姉ってすごいって、
 ほんとそう思った。」
亜湖が部屋からユニフォームを取ってくる。
「これ、亜也姉がつけたんだよ。
 亜也姉にとって、このネーム縫い付けることが、
 どんなに大変だったか、あんたわかる!?
 何時間もかけて、つけたんだよ!
 寝る時間削ってつけたんだよ!
 ヒロ、あんたここまで出来る!?
 亜也姉のために、こんなに一生懸命になれる!?」
涙をぽろぽろとこぼす弘樹。
「何で亜也姉のこと恥ずかしいなんて思うのよ!!」
泣きながらユニフォームで弘樹を叩く亜湖。
「亜湖、もういいから。」潮香が優しく止める。
「そんな風に思ってるあんたの方が、よっぽど恥ずかしい!!」「もういい。もういい。」
潮香が亜湖を抱きしめる。

「弘樹、亜湖の言ってることわかるよな。」
瑞生は弘樹の顔を両手で包み込んで言う。
涙をこぼしながら頷く弘樹。
「お前、今お前のここ(心)イテーよな。」
弘樹が大きく頷く。
「ごめんなさい・・・。」
弘樹を抱きしめる瑞生。
「よし!それでこそ俺の子だ!」

そんな家族の様子に、亜也は声を潜めて泣いていた。

弘樹の試合の日。
家族が弘樹に声援を送ると、
「あれが亜也姉だよ!
 すっげー美人だろ!羨ましいだろ!」
弘樹がチームメイトに誇らしげに姉を紹介する。

「亜湖のお陰だね。」と潮香。
「うん!さすが俺の子だ!」と瑞生。
「ウザ!」

そして弘樹は、亜也が教えてくれたとおり、イメージを浮かべ、
見事にシュートを決めたのだった。

病院の屋上に戻ります。

「どんな人間だって、たった一人じゃ戦えないよな。
 家族みんなが、病気に向き合って、
 必死に池内を支えていたから、
 だから池内も、乗り越えてこれた。
 何回壁にぶつかっても、立ち上がってこれた。
 あいつの家族は、俺の憧れだったよ。」
遥斗がみずきに言う言葉に、亜湖が微笑む。

回想シーン。
池内家のスキヤキパーティーに呼ばれる遥斗。
「麻生君も将来お父さんみたいにお医者様になるの?」
「医大に行ってるお兄さんがいるって言ってたよね。」
「いたんですけど・・亡くなりました。
 2年前、事故で。」
「ほんとだったんだ・・」亜也が驚く。
「ごめんなさいね、知らなくて。」と潮香。
「いえ。」
「だったらあれだ。
 お前、お兄ちゃんの分も親孝行しないと!
 遠慮しないで肉食え!」
池内家で楽しい時間を過ごす遥斗。

学校。
潮香が会議室に呼ばれる。
「担任として、こんなことを申し上げるのは、
 非常に辛いんですが、亜也さんは新学年から、
 もっと設備の整った学校に、
 移られた方がいいんじゃないかと。」
潮香は担任と教頭から、養護学校へ転校してはと
言われてしまう。
クラスの生徒から、授業が遅れて困ると苦情が出ているというのだ。

家。
「私の将来は私が決める!
 ・・・病気のために、部活とかやめなくちゃいけないのは
 しょうがないと思う。
 他にも、いろんなことをいっぱいあきらめてきたけど、
 全部しょうがないって思ってる。
 みんなと同じ様にいかないこともよくわかってる。
 でもそれでも、マリたちと一緒にいたいの!
 友達がいないところなんか行きたくないよ!
 友達までいなくなったら・・
 私・・・私じゃなくなっちゃうから・・・。
 だから・・・お願いします・・・。」
涙をこぼしながら頭を下げる亜也。
「・・・わかった。
 亜也が一番、亜也らしくいられるのは、
 東高なのね。
 だったらもう何も言わない。
 お母さんも、亜也の将来は、亜也自身に決めてもらいたいから。」
潮香の言葉に、嬉しそうに微笑む亜也。

だがある日、病院に行く為に早退した亜也は、
教室にノートを忘れたことに気付き教室に戻る。

「先生!クラスで話しあいたいことがあるんです。
 池内さんのことについて話しあいたいんです。
 今、池内さんのことが、PTAで問題になっていること、
 みんなも知っていると思います。
 クラスとしても、意見をまとめた方がいいと思います!
 私は、池内さんに合わせることによって、
 クラス全体の活動に支障が出ていると思います。
 池内さんの為にも、どうしたらいいか
 話し合った方がいいと思います!」
「同情はするけど、授業が遅れるのだけは、
 勘弁してほしいよな。」
「俺もまあ、そう思うときあるけど。
 でも、池内に早く歩けって言ったって、
 無理な話だし。」
「池内さん、可哀想ですよ。
 5分とか、10分ぐらいなら、待ってあげましょうよ。」
「でもさ、受験とか近くなってくるとさ。」
「杉浦さんたちはどうですか?」
「亜也は・・・色々悩んで、でも必死で、
 すごく頑張ってるんだよ。
 ほんの少し支えてあげるくらい、
 迷惑にはならないでしょ?」まり(小出早織)が言う。
「でも杉浦さん、池内さんのせいで怪我して、
 バスケの試合出られなかったんだよね。」
「それは・・・そうだけど。」
「松村さんは?」
「・・・私は、毎日校門まで迎えに行ってて、
 教室移動もほとんど一緒で、
 亜也が大好きだし、友達だからやってるんだけど、
 でも、たまに、結構キツイときもあって・・・
 私・・勉強とか器用に出来るタイプじゃないし、
 部活もあるし・・・
 たまには、朝寝坊したいって、思うこともあって・・・」
早希(松本華奈)が泣きながら言う。

まり、早希たちの言葉に苦しむ亜也。

「限界じゃねーの?」
「これからずっとって考えるとさ。」
「助けてあげたくても、無理じゃない?」
「そうだよな。」
「無理だよ。」

「わかった!わかった。みんなの意見はわかった。
 この件については、ちゃんと池内の家族と相談して、」と担任。

「お前らずるいよ。」
黙って聞いていた遥斗が口を開く。
「あいつの前ではいい人のフリして、親切にして、
 あいつが何度ごめんねって言っても、
 平気平気って繰り返して。
 あいつがいないときにこんな話して、
 本当は迷惑でした、なんて、ずるいよ。」
「麻生、あのな、」
「嫌だったらもともと親切になんかすんなよ!
 面倒だ、困ってる、疲れるって、
 あいつの前で言えよ!
 そしたらあいつきっとわかって、
 助けてもらわないで済む方法だって考えたよ!」
「麻生!お前の言いたいことはよくわかる。でも、」
「お前もだよ!」
「お前!?お前って!」
「何であいつより先に親に話すんだよ!
 毎日直接顔を合わせてるあいつに何で話聞いてやんねーんだよ!
 外堀埋めて追い込むような真似すんなよ!」
「・・・」
「先生があいつとちゃんと向き合ってたら、
 あいつだってきっと自分で、」
遥斗はこの時、教室の外に亜也がいることに気付く。
「池内・・・」
「亜也・・・」
「ごめんなさい。忘れ物しちゃって。」
亜也は自分の机に向かい、ノートを取り出し、
そして教室を出ていく。
遥斗が亜也を追う。

階段を降りようとする亜也の前で遥斗がかがむ。
「乗れよ。」

亜也を背負って階段を下りる遥斗。
玄関に止めた車椅子に亜也を乗せ、押して歩く。

歩道橋。
こらえきれずに涙する亜也。
遥斗がハンカチを差し出す。
「何か言ってよ!
 ペンギンの話とか、魚とか、犬とか、
 そういうのもうネタ切れ?
 この際作り話でいいから、 
 嘘ついても、もう怒らないから・・」
「・・・何も出来ない。
 あいつらに、偉そうなこと言って、
 俺だってあいつらと同じだよ。
 お前の病気知ってて、
 お前が辛いの、ずっと近くで見てて、
 でも、結局、何も出来なかった。
 頭でっかちで、口先ばっかで、
 親父の言うとおりだよ。
 ただのガキだよ。」涙をこぼす遥斗。
「・・そんなことないよ。
 いつも励ましてくれた。
 誰にも言えない様な話、聞いてくれた。
 沈んでいるときに、笑わせてくれた。
 側にいてくれた。
 私が辛いときは、いつも一緒にいてくれた。」
粉雪が舞う。
「ありがとう。麻生君。」
亜也が車椅子を漕ぎ出す。
遥斗が手を貸そうとすると、
「バイバイ。」亜也は涙をこぼしながら、明るくそう言う。
その言葉に、遥斗はその場に崩れ落ち、号泣した。

病院の屋上。
「あいつにとって、東高は、ものすごく大切な場所だった。
 だけど、あんなに離れたくなかった学校を、
 結局去るしかなかった。
 自分の居場所だった学校を、
 卒業することが出来なかったんだ。」
遥斗の言葉に、隠れて聞いている亜湖が涙する。

「先生、いじめられたことある?」
「ないかも。」
「だからわからないんだよ。
 学校が好きな人なんて私の周りにはいない。
 苛めてる人も、苛められている人も、
 みんな早く出たいって思っている人ばっかり。
 先生は幸せだから、そんなこと言ってられるんだよ。」
「・・・そうかもしれない。
 学校が好きでたまらないなんて、もしかしたら、
 ものすごく幸運なことなのかもしれない。
 だけど、学校に行くくらいなら、死んだほうがいいなんて
 言うなよ。
 生きられる人間は、生き続けなきゃいけない。
 何があっても、どんなにつらくても、
 自分からそれを諦めちゃいけないんだ。」
「・・・その人、養護学校に行ったの?」
「ああ。」
「会いに行ってあげた?」
「うん。」遥斗が微笑む。

水族館でデートしたときの回想

「気持ち良さそう!
 でも、どうして水槽にぶつからないで、
 こんなに上手く泳げるんだろう。」
「イルカの声。」
「声?」
「人間の耳には聞こえない、超音波の声を出して、
 跳ね返ってきた音で、周りにある物の位置を確かめてる。」
「そうなんだ!」
「その声を使って、遠くにいる仲間のイルカと会話している
 らしい。」
「私達には聞こえない、秘密のおしゃべりか。
 聞こえないかなぁ。」
水槽に耳を当てて微笑む亜也。
「人間も、遠くにいる人と、そんな風に喋れらいいのにね。」
「・・・ちょっと待ってて。」

「イルカほど便利じゃないけど。」
遥斗が亜也に、イルカのストラップをプレゼントする。
「ありがとう!」
お揃いの携帯ストラップに微笑む亜也。

その帰り、タクシーを拾おうとする遥斗だが、
なかなかタクシーが掴まらない。
雨が降ってきた。

亜也を自宅まで送り届ける遥斗。
「何してるのよ!風邪ひいたらどうすんのよ!!」
潮香が遥斗に怒鳴りつける。

亜也が眠ったあと、謝罪する遥斗に潮香が言う。
「さっきはごめんなさいね。怒鳴ったりして。」
「ほら、もういいから、足崩せよ。」と瑞生。
「顔を上げて、麻生君。 
 麻生君には、本当に感謝しているのよ。
 亜也のこと、気にかけてくれて、
 こんな風に、誘ってくれて、
 亜也も、すごく喜んでいると思う。
 でもね、今の亜也は、いろいろ、気をつけなきゃ
 いけないことが多くて、
 元気そうに見えるかもしれないけど、
 体の調子も、そんなにいいわけじゃないの。
 軽い風邪ひいただけでも、合併症を起こして、
 肺炎になってしまうかもしれないの。
 普通の人には小さなことでも、亜也にとっては、
 命取りになることがあるの。
 楽しいだけじゃいられないの。
 もう、昔のようにはいかないの。」
「すみません・・・すみませんでした・・。」

亜也は、潮香が遥斗にそう話すのを、布団の中で聞いていた。

その帰り道。
遥斗の携帯が鳴る。
「今日は・・・ごめんね。
 いろいろ、迷惑かけちゃって。
 さっき、お母さんが言ってたこと、あのね、」
「ごめん。雨でよく聞こえない。」
「・・・やっぱり、・・・聞こえにくいかな。」
「そんなことないよ。大丈夫だから。」
「もう、前みたいにはいかないんだね。
 車椅子、押してもらうことはあっても、
 もう、一緒には歩けないし、
 雨に濡れたぐらいで、大騒ぎさせちゃうし・・
 きっと・・そのうち話せなくなって・・・
 電話も出来なくなっちゃうんだろうね。
 もう・・・全然違うね。
 東高にいた頃とは・・・
 麻生君とは・・・もう・・・
 住む世界が違っちゃったのかも・・」

亜也はそう言うと電話を切り、イルカのストラップが付いた
携帯を握り締めながら涙する。

雨の中、呆然と立ち尽くす遥斗。

図書館。
遥斗は亜湖が勉強しているのに気付く。
「お前、よく頑張るなー。
 そんな必死になるほどいい高校でもねーぞ。」
「私ね、ずっと思ってたんだー。
 何で亜也姉なのって。
 病気になったのは私じゃなくて、なんで、誰にでも優しい
 亜也姉なのって。
 神様は意地悪だから、亜也姉みたいな人を病気にしたのかな。
 だったら、私が健康でいることに、何か意味があるのかな。
 私、亜也姉の代わりに東高を卒業したい。
 亜也姉が叶わなかった夢だから。
 私なんかが亜也姉の為に出来ること、
 今はこれくらいしかないんだけどね。
 出来ることあるのに、しないでぼーっとしているなんて、
 そんなの私、絶対嫌だから。」
「・・・お前さすがだな。」
「え?」
「さすが、あいつの妹だ。」
亜湖が嬉しそうに微笑む。

養護学校に走る遥斗。
亜也は花壇の花に水をまいていた。
「久し振り。」
「・・・」
「電話、出来なくて、直接来た。」

「聞くつもりがある人には、必ず伝わるから。」
水野が言っていた言葉を思う亜也。

「今日、ね、夢、見た、んだ。」
「夢?」
「うん、いつも、見る夢の中では、ね、
 歩いたり、走り回ったり、自由に、動けるの。
 初めて、麻生君と会った頃みたいに。
 でもね、今日の夢は、違った。
 私、車椅子に、乗ってた。
 夢の中でも、私は、体が、不自由だった。
 ・・・自分の体のこと、認めてるつもりでも、
 心の底では、認めてなかったのかも。
 これが、私なのにね。」亜也がゆっくりと話す。
「俺の今の気持ち、言っていいか?
 ずっと先のことなんて、わかんない。
 けど、今の気持ちなら、100%嘘がないって、
 自信持って言えるよ。
 俺、お前が話すなら、どんなにゆっくりでも聞くよ。
 電話で話せないなら、こうやって直接会いにくる。
 俺イルカじゃねーし、お前もイルカじゃねーし。
 お前が歩くなら、どんなにゆっくりでも、一緒に歩く。
 今は、頼りにならないかもしれないけど、
 いつか、お前の役に立ちたい。
 昔みたいにいかなくても、そういう気持ちでつながってるから、
 住む世界が違うとは思わない。
 ・・・俺、お前のこと・・・好き。・・・なの。
 ・・・好きなのかも。
 多分。」
テレながら告白する遥斗。
嬉しそうに涙をこぼす亜也。
「あり、がと。」

夜、病院の公衆電話の受話器を取り、
何度も何度も番号をかけなおす亜也。
指が振るえて、なかなか番号を押せずにいた。

家にいた潮香は何かを感じ、病院へと急ぐ。
ところが病室に亜也の姿はなく・・・。

潮香は公衆電話の前にいる亜也を見つける。
「亜也!どうしたの、こんな時間に。
 風邪ひいちゃうでしょ。早くもどろう。」
「お母さん・・・」
「どうしたの?」
「眠れなくって、
 目、閉じるのが怖くって、
 家に、電話かけたの。
 何度もしたの。
 お母さんの声が、聞きたかったから。
 でも、うまく打てなくって・・・」
潮香が亜也を抱きしめる。
「助けて、お母さん。
 無くなっちゃうよ・・
 私に出来ること、一つも・・無くなっちゃうよ・・。」

潮香は亜也を病室に連れ帰り、引き出しからノートを取り出し
ベッドに並べる。
「確かに、亜也は病気になって、
 一つ一つ、出来ないこと増えたよね。
 歩くことも、話すのも難しい。
 お友達みたいに、大学もいけないし、就職も出来ない。
 でも、出来ること一つもなくなっちゃう。
 本当にそう思うの?
 亜也、これ見て。
 これも、これも、これも、
 亜也が、毎日毎日綴ってきた日記。
 全部亜也が、一生懸命、ペン持って、
 一生懸命書いた言葉。
 同級生のお友達にも、健康な人にも出来ないこと、
 亜也は、ずーっとしているじゃない。
 亜也には、亜也には、書くことがあるじゃない。
 違う?亜也。そうでしょう?」
亜也はほっとしたように、母の胸で泣くのだった。

養護学校の先生の結婚式。
花嫁が投げたブーケが亜也の元に飛んでくる。
恥ずかしそうに、嬉しそうに亜也が微笑む。

その帰り。
瑞生と潮香は、車を回してくると言い、亜也と遥斗を
二人きりにさせる。
「素敵だった、なー。花が、いっぱいで。」
「そうだな。」
亜也がポケットから手紙を取り出す。
「麻生君、こ、れ。」
「何?」
「ラブレター。」
「あっそう。」嬉しそうに微笑む遥斗。
亜也は複雑な表情を浮かべ・・。
教会の鐘が鳴る。

病院に戻った亜也が、突然苦しそうに胸を押さえる。
呼吸困難を起こしたのだ。

歩道橋で手紙を開ける遥斗。
『麻生くんへ
 面と向かっては素直に言えなそうだから、
 手紙を書きます。
 いつも側にいてくれてありがとう。
 自分の夢を見つけて、いきいきと輝いている、
 麻生君を見ると、私も嬉しくなります。
 あなたの未来は、無限に広がっている。
 でも、私は違います。
 私に残された未来は、なんとかして生きる、
 それだけ。
 たったそのことだけ。
 この差はどうしようもありません。
 毎日、自分と戦っています。
 悩んで、苦しんで、その気持ちを押さえ込むので、
 精一杯です。
 正直に言います。
 麻生君といると、つらいです。
 あんなこともしたい、こんなこともしたい、
 もしも健康だったら出来るのにと、
 思ってしまうんです。
 麻生君といると、叶わない大きな夢を描いてしまうんです。
 もちろん、麻生君のせいじゃありません。
 でも、羨ましくて、情けなくて、
 どうしても、今の自分が、みじめになってしまうんです。
 そんなんじゃ、前を向いて生きていけないから、
 いろいろしてくれて、ありがとう。
 こんな私のこと、好きって言ってくれて、
 ありがとう。
 何も返せないで、ごめんなさい。
 もう、会えません。』
遥斗の瞳から涙がぽろぽろとこぼれる。
封筒の中には、イルカのストラップが入っていた。

病室。
亜也は両親に、遥斗に別れの手紙を出したと告げる。
「お母さん、お父さん、先生、
 私、結婚、出来る?」
「・・・」
「そう、だよ、ね。」
「亜也・・」
「でも、それでも、
 いつか、いつかがきたら、
 お花いっぱいに囲まれて、
 眠り続けたい。」
笑顔でそう語る亜也。
瑞生は耐え切れず、病室を飛び出して廊下で号泣する。

遥斗は水野を訪ねていく。
「亜也ちゃんとは、会ってないの?」
「はい。
 人の役に立つ仕事がしたいなんて言っておいて、
 結局、あいつのこと、何もわかってやれなかったんです。」
「・・・僕が神経内科を選んだのはね、
 あまりに未知な領域が多い分野だったから。
 誰もが治せなかった病気を、自分なら治せるかもしれない。
 最初はそんな野心の塊だった。
 僕だって、何もわかってなかった。
 そのイスに座った患者に、この病気は、直ちに命に関わる
 ものではありません。
 こうしている間にも研究は進んでいきます。
 希望を捨てずに、頑張りましょう。
 そう励ましながら、この病気の完治を諦めかけている気持ちが
 なかったか、といえば、嘘になる。
 でも諦めたくないと思った。
 患者が諦めてないのに、医者が諦められるわけないよな。
 君も、医者の卵だ。」
水野はそう言い、遥斗に一通のはがきを差し出す。

亜也の病室の戸が開く。
「せん、せい?」
「久し振り。」
カーテン越しに聞こえる遥斗の声。
「お前、ふれあいの会の会報に、日記の文章、
 ずっと載せてただろ?
 それ読んだって、中学生の女の子から、ハガキが来てたよ。」
遥斗はそう言い、ハガキを読み出す。

「死んじゃいたいと思っていました。
 私も亜也さんと同じ病気です。
 先生に治らないと言われた時は、
 いっぱい泣きました。
 うまく歩けなくなって、学校でもじろじろ見られて、
 付き合ってた彼氏も離れていきました。
 何で私がこんな目に遭うのって、
 毎日毎日、お母さんに当たっていました。
 でも、亜也さんの文章を読んで、
 辛いのは私だけじゃないんだと思いました。
 私は病気になってから、うつむいて、地面ばかり見ていたことに
 気付きました。
 亜也さんみたいに強くなりたい。
 これからは、辛くていっぱい泣いても、
 その分ちゃんと前に進みたい。
 亜也さんのお陰でそう思えました。」

「お前・・・人の役に立ちたいって言ってたよな。
 お前と初めて会った頃さ、俺、人が死のうが、生きようが、
 どうでもいいって思ってた。
 でも、今は違う。
 お前には、欲張ってでも、無理にでも、
 ずっと生きててほしい。
 だから、俺・・」
カーテンの隙間から亜也が手を伸ばす。
カーテンを開く遥斗。
見詰め合う二人。
遥斗が亜也にハガキを渡す。
「麻生、くん、歩けなく、なっちゃった。」
「・・うん。」
「でも、私、役に、立てた。」
「ああ。」涙をこぼす遥斗。
「役に、たった、んだ。」
「そうだよ。」
亜也は嬉しそうにハガキを握り締めた。

久し振りに自宅で家族と過ごす亜也。
その日池内家では、ひと足早いクリスマスパーティーが開かれた。
潮香が亜湖、弘樹、理加に、プレゼントを渡す。
「可愛い!」亜湖は新しい服に大喜び。
「カッコいい・・・」弘樹にはスポーツバッグ。
「うわぁ!色いっぱい!」理加



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